大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)4073号 判決
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【判旨】
一原告望、同恵および越川勉は、被告に対し、本件土地を賃貸し、被告は、本件土地上に借家を所有していること、原告望、同恵および越川勉は、昭和四七年一二月一五日、被告との間で、本件調停により、本件土地の賃料が同年四月一日以降一か月一万四〇〇〇円、昭和四八年四月一日以降一か月一万七〇〇〇円、昭和四九年四月一日以降一か月二万二〇〇〇円とし、昭和五〇年四月一日以降は当該年度の地代家賃統制令により算出した地代の最高額とする旨の約定をしたこと、越川勉は、昭和五五年八月一八日死亡し、原告稔、同博子、同亮は、相続により越川勉の権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。
二本件調停による約定により、本件土地の昭和五三年四月一日以降の賃料月額は、地代家賃統制令によつて算出された同年度の地代統制額の最高限度額とされるものであり、成立に争いのない乙第九号証、第一〇号証の一によると、本件土地の昭和四八年度の固定資産税課税標準額は五一二万三〇〇〇円、昭和五三年度の右標準額は三九八万七〇〇〇円、都市計画税課税標準額は一五九五万一〇〇〇円であることが認められるから、右金額は別紙計算書(1)記載のとおり二万九九八五円(円未満切捨)となる。
三原告望、同恵および越川勉は、昭和五四年一月二九日被告に対し、書面で、本件土地の賃料を右書面到達後一か月三万九一〇〇円に増額する旨の意思表示をし、右書面は同月三〇日、被告に到達したことは当事者間に争いがない。
<証拠>によると、本件土地の昭和五四年度の固定資産税課税標準額は四九八万八〇〇〇円、都市計画税課税標準額は一九九五万三〇〇〇円であることが認められるから、同年度の本件土地の地代の統制額は別紙計算書(2)記載のとおり三万三八六一円(円未満切捨)となる。
原告らは、本件調停による約定がその後の事情の変更により効力を失つた旨主張するので、この点について判断する。
<証拠>を総合すると、本件土地の固定資産課税台帳に登録された価格は、昭和四八年が一三六九万八八〇〇円であつたのが、昭和五四年度が一九九五万三〇〇〇円となつて約1.456倍に達していること、被告は、昭和五〇年四月一日以降昭和五一年三月末日までは本件土地の賃料として一か月二万二〇〇〇円を支払つていたが、同年四月分以降は原告らよりの同年度の地代統制額が二万八八七九円となるとの申入により、交渉の上一か月二万八五〇〇円とすることを合意してその金額を支払つていたこと、昭和五〇年四月に比して昭和五四年四月には地価が1.127倍、消費者物価指数が1.26倍、公租公課額は1.72倍となつており、鑑定人伊藤暢昭は、本件土地の昭和五四年四月一日当時の適正継続賃料をいわゆる積算法とスライド法を併用しつつ、特にスライド法による結果に比重を置いて一か月三万九一七七円(3.3平方メートル当り三九〇円)と算定したこと、本件土地は国鉄天王寺駅、近鉄阿倍野橋駅の南方約七〇〇メートルに位置し、近隣は阿倍野筋商業地を東にわずかに入つたところであるが、木造普通住宅街で生活には便利な場所であること、被告は本件土地上に木造瓦葺平家建建物一戸と木造瓦葺二階建建物三戸一棟を所有し、これを貸家に供しており、本件土地はもともと地代家賃統制令の適用外の土地であること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実に前記一の事実を合わせ考えると、本件調停による昭和五〇年四月一日以降の本件土地の賃料に関する約定は、本件土地の賃貸借が続く限り永久に効力を有するものと解するのは相当でなく、相当期間が経過し、かつ、右約定のなされた当時から経済事情が著しく変動した場合には当事者双方はその拘束力を離脱し、適正な賃料額への増減額を請求することが可能となるものと解するのが当事者の合理的意思にも合して相当であると考えられるところ、昭和五四年二月当時は、右約定成立以来すでに六年余を経過し、地価、一般消費者物価、公租公課額も約定当時からみて著しく騰貴していて本来地代家賃統制令の適用外である本件土地の賃貸借当事者間に右約定の効力を維持すべきものとすることは衡平の見地からするも妥当を欠く程度にまで事情の変動があつたと認められるから、原告らの右賃料増額請求はその効力を生ずるものと解すべきである。
そして、右認定の事実に、当事者間の調停による合意によるとはいえ、昭和五〇年四月一日以降本件土地の賃料額が客観的な適正賃料額よりも低額の統制額に抑制されていたことなどの事情をも考慮すると、本件土地の昭和五四年二月一日当時の適正賃料額は一か月三万九一〇〇円とするのが相当であると認められる。
(山本矩夫)